篆刻(てんこく)、
篆書(てんしょ)の
専門出版/三圭社
 
篆刻ひとすじ90年
三圭社(さんけいしゃ)
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【大篆刻字林】六書通正をデジタルブックで読む!

      
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三圭社の出版ご案内

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幸せを感じました。『篆刻・般若心経』
俳優・滝田栄さん、彫刻家・藪内佐斗司さん、
花園大学前学長・阿部宗徹先生、
高野山大学名誉教授・静慈圓先生が称賛。
希望に満ちた『篆刻・般若心経』
俳優 滝田 栄

 禅寺の行中、写経をするにあたり、「お経の一点一画を仏様のお命と思い、心を込めて・・・」と、説明があった。心を込めた写経が、随分あわてたような、文字の羅列になってしまう。私のとなりで写経していたイタリア人の写経を見て、驚いた。日本語はもちろん、お経の意味など、ほとんど理解していないであろうイタリアの青年の写経が、見事なのである。
 手本をなぞっただけなのだが、おそらく、修行生の中で一番の出来だったろう。全く、無心のなせるわざであった。
 篆刻・般若心経を見た。思わず気分が楽しくなってきた。
 聖人の説法を聞いて感動し、それを文章におこすと、とたんに、いかめしいだけで魅力ないものになってしまうことがある。それが語られた瞬間、その時の聖人の偽りない表情やエネルギーが伝わらないのだ。
 古代の中国から、救いの法を求めて、命をかけて砂漠を渡り、山を超え、はるかなる釈尊の生誕の地、インドに到着し、十数年の修行を経て、釈尊の教えを体得し、地球に存在する一番の感動、不退安心の法を、わずかな自国語に集約してゆく玄奘三蔵法師の感動は、どれほどのものであったか。そのとき玄奘三蔵法師はどのようなお顔をされておられたのか。書き記すその指をどのように動かされたのか・・・? いよいよ、最高峰の頂を踏もうとする玄奘三蔵の喜びを感じずにはいられない。
 ところが、私の写経はまるで苦しみに満ちているようだ。上手に書こう上手に見せよう・・・。見事なる邪心の表れである。
 真鍋先生の般若心経、第一行、仏説摩訶般若波羅蜜多心経。この横の一行『幸せに生きたい・・・』この言葉に説明はいらないですよね。
マイッタ!
 このように明るく楽しい、希望にみちた般若心経を見たのは初めてである。この手があったかと、思わず微笑してしまった。

『篆刻・般若心経』によせて
彫刻家 藪内佐斗司

 たいへん痛快な書物に出会った。書名を『篆刻・般若心経』という。
編著者は、篆刻家として知られる真鍋井蛙(まなべせいあ)氏だ。
  般若心経の一節ずつが、真鍋氏をはじめ古今の名篆刻家によるさまざまな書体で表現された「はんこ」の集印帳の体裁になっている。いずれも魅力的な印影であるのはもちろんだが、企画そのものが面白い。そして文章部分の漆黒と、印影の朱の二色だけの構成がなんとも美しい。
  私は彫刻家という職業柄、彫ったり刻んだりにはひときわ興味がある。また、署名や印を押す機会も多いために、文字や印章にはたいへん心魅かれるが、篆刻には挑戦したことはない。以前、真鍋氏から、たいへん見事な雅印を贈られ、愛用している。このような手練れの作品を見てしまうと、いまさら篆刻に挑戦しようという意欲は失せてしまうのだ。
  般若心経というと、写経のイメージのせいか、いささか堅苦しい印象がある。しかしこの本に掲載されている印譜を見ていると、篆刻家たちがいかにも楽しんで刻字しているように見える。こんな風に刻れたらいいなあ、と専門家の研鑽辛苦も知らずに門外漢はうらやましがる。彫刻家である私だって、楽しそうに見える作品を作るために人知れず苦労しているのだから・・・。そう考えると、この篆刻集もたいへんな努力と苦心の集大成にちがいない。
  ページをめくりながら、遠いインドで生まれた2500年前のほとけさまの智慧が、今も私たちのこころに響くことをありがたいと感じた。 そして、お隣の中国から学んだ豊かな漢字の文化を、絶やすことなく継承してくれた先人に、こころから感謝したいと思う。
  この本は、篆刻をされる人々の種本としてはもちろん、一般のひとたちにとっても、真鍋氏による一節ずつの平易な解説とともに大いに楽しめるおとなの絵本だ。

藪内佐斗司さんホームページ http://uwamuki.com


『篆刻・般若心経』を読む
臨済宗・花園大学前学長 阿部宗徹
  吾が禅門には「一掃除 二看経(かんきん) 三坐禅」という言葉がある。禅定を修し仏性を明らかにする。日常の生き様にこそ顕れ、坐禅にこそ仏祖の生命がある。
  しかしながら般若心経には「一切空」と言うではないか。「不垢不浄」、なにを掃き清めようとするのか。「諸法空相」、一体看経や坐禅は何を意味するのか。計らいや作為の世界の中に求め至れるものは無いのである。更に禅の標榜に「不立文字(ふりゅうもんじ) 教外別伝(きょうげべつでん)」と言うが、文字に頼っては真実は表し伝えられぬと云うことである。
  ここに真鍋井蛙先生の『篆刻・般若心経』を拝見する機会を得た。
  これはまさに文字の世界であり工夫の世界である。書の世界に対しては全くの門外漢であり、活字木版に浸りきった私は一瞬ためらいを感じた。だがそれはすぐに掻き消され驚きの世界をもたらした。単なる経典を繙くのであれば、単なる表意文字の羅列の中に真なる心の世界を探求していくのである。ところがこれは文字そのものが心の世界を表しているのである。真鍋先生の作品は勿論、多くの作家の精神世界が一文字一文字への投げかけとなって表され、般若心経そのものが、実は万巻の経典のように展開しているのである。一刻一線一欠が饒舌な諸仏の世界を具現するかのようである。もはやここでは文字は概念の世界ではなく、真理への直観であり言葉は真理であった。そして、作家と作品とそれを見る者との出会いで幾百千の仏世界を示現して行くものであろう。無論、それはお互いの心に帰着するはずである。
  真鍋先生の見識と生きる世界に、この経典の真髄を思い知らされた感がした。


『篆刻・般若心経』を開いて
真言宗・高野山大学名誉教授 静 慈圓

 このたび真鍋井蛙先生が『篆刻・般若心経』を発刊された。132頁のこの1冊、白い紙に赤色の印を散らし、各頁の解説は、詩的に短く先生の心情が吐露されている。
 「心経」は、もちろんインドの古典語である「サンスクリット」で書かれたものが原典であり、「チベット語」のものもある。漢訳には数本あるが、私たちが日常読んでいるのは、中国人玄奘が訳した「心経」である。今回の『篆刻・般若心経』も玄奘訳によっている。
 私は本書を開いて、爽快な気持ちになった。本書には、求めている先生と、悟っている先生の両方がうまく調和されて現れていたからである。
 本書を見ると真鍋先生は、篆刻の世界で貪欲に厳しく自分を求めている。知識としては、各頁の下段に用語・解字などの欄を設け詳細に解説している。この解説は、活字を小さくして使用しているため、刻印の妨げにはなっていない。
 自らの篆刻作品においては、文字の配布、小さな空間までも意識し尽くしている。また多くの人の篆刻心経を資料として集めてあるのも、その史料価値は高い。
 この求める厳しさが快い。ちょうど厳寒の風が肌を刺すようである。
 一方悟りの先生であるが、本書に次の言葉がある。
 「・・・あとでこの仕事を振り返ってみると、印に一つひとつ付けた自分の言葉に妙にひかれる。これがぼくの般若心経かもしれない。人にはそれぞれの心経があるような気がする」「佛に叱られるかもしれないし、俗かもしれないが、ぼくの般若心経は“空”でも“無”」でもなかった。“自分”・・・今生きている自分自身であった」
 私はこの言葉に、「心経」を刻し終えた先生の悟りを感じないではおられない。
 先生が印の一つひとつに付けた言葉は、厳しさをこえて遊んでいる。先生は篆刻をとおして心を遊ばせておられる。
 「心経」は、日本では奈良時代から今日まで、救いの経典として読誦され、写経されまた多くの人が作品に作り挑戦してきた。『篆刻・般若心経』もまた本書を世に送り出すことによって、刻した人の心が救われたといえるのではなかろうか。読者は本書を手にとってこの境地を味わってはどうか、やはり気になる芸術書である。

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